準拠枠との付き合い方
通報・相談窓口担当者向けの傾聴研修の講師を担当し、その中で準拠枠についての話をすることがあります。準拠枠とは、自分の関心、経験、知識などでかたち作られた価値観のようなものです。研修の中では、そうした準拠枠で相手を解釈したり決めつけたりすることは控えましょう、と解説します。
実際に相談業務をしていると、自分の準拠枠が傾聴の妨げになることがよくわかります。例えば、自分の道徳観に反する相談者に出会うと怒りの感情が湧いてきます。専門的な知識を使って、“こういう病気なんだろう”と決めつけたくなることもあります。準拠枠が動き出すと自分の中で構えができるので、相手の感情に寄り添うことが困難になってしまいます。そうなると、準拠枠を外すことが大切なのではないかと思いたくなります。
しかし、果たしてそうなのでしょうか。ここで、準拠枠の成り立ちを考えてみたいと思います。
生まれて間もない子どもは、一人では何もできません。そのため、身近な養育者を頼ることになります。子どもは養育者からの保護を受けるために、養育者の思考・感情・行動のパターンを取り入れながら成長します。つまり、養育者と似たような価値観を身に着ける可能性が大きいわけです。また、自立の過程では、養育者との関係で作られた価値観を見直して、作り変える必要も出てくるかもしれません。価値観の中には、自分で勝ち取ったものも含まれています。
このように準拠枠の成り立ちを思い描くと、そこにはその人の歴史そのものがあることがわかります。準拠枠は個性ともいえる大切なものなので、これを外すというのは人間味を取ってしまうようにも感じられます。
さらに相談の場面では、自分の準拠枠が活躍することもあります。自分の準拠枠に反する相談を受けると感情が揺れることが多いのですが、そこで感情のままに行動したり、自分の準拠枠を相手に押し付けたりするのではなく、 “なんでこんな気持ちになるのだろう?”と、違和感を大切にしながら対話を続けることで、相手の準拠枠が理解できる可能性も生まれます。準拠枠の差異は、共感的理解のきっかけでもあるのです。
このように考えると、自分の準拠枠は抑え込んだり、外したりするのではなく、気づいてコントロールすることが大切だということがわかります。普段から、人の話を聴くときには自分の心にも目を向けて、自分がどんな準拠枠を持っているのか気づけるように心がけてみてはいかがでしょうか。