自律的な職場を目指して
昨今、ハラスメントの声をあげやすい世の中になっています。例えば、上司が部下の業務に目を光らせて頻繁に指示を出していたら、「監視が厳しすぎる」と訴えられてしまった、という相談を受けたこともあります。では、従業員に自律的に仕事をしてもらうためには、どのような声かけをすればよいのでしょうか。
心理学者マズローの欲求階層説では、人の欲求を5つの段階に分けてとらえます。まず、人の基本的な欲求には、食事や排泄という生理的欲求と安全な環境で生活したいという安全欲求があります。そのため、職場では環境を整えて、基本的欲求を満たす必要があります。その上で従業員に自律的に働いてもらうためにはどんな欲求が大切かというと、それは自己実現欲求です。
自己実現欲求は、自分から「こうなりたい」と成長し続ける欲求であり、内発的動機付けとも呼ばれます。仕事そのものが内発的動機付けになれば、人は自分から自律的に働くでしょう。しかし、この欲求の充足は外から与えられるものではありません。基本的な欲求と共に、帰属(社会的)欲求という「集団の中で受け入れてもらいたい」欲求と、自尊(承認)欲求という「集団から価値のある存在だと認めてもらいたい」欲求が満たされることで生まれるものなのです。
では、帰属・自尊欲求を満たすにはどうすればよいのでしょうか。心理学の交流分析という理論の中では、「ストローク」という概念が使われます。ストロークとは「存在認知の刺激の一単位」と説明され、相手の存在を認めて起こす言動や反応のすべてを指します。そこには肯定的なものも否定的なものも含まれます。相手に向かって微笑んだりほめたりすれば“肯定的な精神的ストローク”、相手のことを殴ったら“否定的な身体的ストローク”となります。
職場では“条件付きストローク”が大切です。例えば、資料を期日までに仕上げたのであれば、“期日までにできた”という行動そのものをほめてあげましょう。これが肯定的な条件付きストロークです。また、否定的な条件付きストロークは、うまく使うと教育的なものになります。遅刻をしていることの指摘、私語が頻繁であることの指摘、これは相手の行動の一部分に対する指摘なので、相手はその行動を直すことで肯定的なストロークを得ることができます。無条件な嫌悪感を示すことは相手の存在そのものの否定になり、ハラスメントにつながる可能性があるので気を付けましょう。
上司が部下に適切なストロークを送ることで、帰属・自尊欲求が満たされます。すると自己実現欲求が育まれ、従業員の自律的な行動につながる可能性が生まれます。ストロークは「心の栄養」とも呼ばれています。職場内で互いに適切なストロークを送りあって、心地よい職場環境を目指しましょう。